忍野八海

忍野八海 富士山と湧水の里

忍野八海って? 忍野八海を歩く フォトギャラリー 富士山ライブカメラ
先頭ページ > 忍野八海って? | 忍野八海と富士五湖 | 忍野八海動画
 
富士山と湧水の里 忍野八海
忍野八海は干上がった湖の成れの果て

忍野八海と富士五湖断面図

 古桂川は流れを変え、現在の山中湖付近と忍野八海を起点とする川になった。忍野八海は宇津湖(忍野湖)が干上がってできた場所である。現在ある八海は当時の湖底跡で、今でも富士山の湧水がこんこんと湧き出している。
忍野は、その昔、富士五湖と関連のある湖だったといわれ、八海は、忍野が忍野湖(宇津湖ともいわれた)といわれていたが、その後、漸次西方富士裾野と御坂山系との狭間を水蝕し、掘削排水され遂に忍野湖は乾れたが、富士山の伏流水の湧水口としていくつかの池が残った。忍野地域は地面を少し掘ると湧き水が溢れてくる場所として有名で、多くの家屋には専用の井戸があるぐらいだ。
忍野八海と富士五湖の形成
富士山前史
(約500万年前)

約500万年前の富士五湖は海の底でした。
現在の富士川も海の底で甲府盆地まで富士川海峡が侵入しています。桂川海峡は現在の東京まで海続き。

東小御岳川・西小御岳川
(約70万〜20万年前)

約70万〜20万年前、小御岳火山と愛鷹火山が活動をはじめ、東に東小御岳川、西に西小御岳川がありました。

二大湖
(約8万〜1.5万年前)

古富士火山の活動に伴い、東に宇津湖(現在の山中湖・忍野八湖)、北に古せの湖(せのうみ:現在の河口湖・西湖・精進湖・本栖湖)ができました。
両湖とも古富士火山の規模から現在より富士山に近い場所にありました。

三大湖
(1.5万年〜約1万年前)

さらなる古富士火山の活動に伴い、東に宇津湖(現在の山中湖・忍野八湖)、北に古河口湖と古せの湖(現在の西湖・精進湖・本栖湖)となりました。

三湖消滅
(約1万年〜約5千年前)

古せの湖を残して他の三湖(古明見湖を含む古河口湖と宇津湖)は干上がり消滅しました。

河口湖・本栖湖誕生
(約5千年〜約2千年前)

新富士火山の度重なる活動により川に熔岩が流れ込み河口湖が、古せの湖に流れ込んだ熔岩は本栖湖を誕生させた。

富士五湖誕生
(約2千年〜1千年前)

西暦864年の青木ヶ原溶岩流はせの湖を分断し、西湖と精進湖になった。
西暦937年の鷹丸尾溶岩流は川をせき止め山中湖を誕生させた。

現在の富士五湖

約1707年の宝永の噴火以来、富士山は活動を停止している。
そして、富士五湖は約1千年間、現在の状態を保っている。

 
 
先頭ページ | 忍野八海って? | 忍野八海を歩く | フォトギャラリー | 富士山ライブカメラ | 忍野八海池本 | 忍野観光情報 | 富士五湖情報